BUG新卒採用ページ
20年史
  1章 BUG草創期
  1-1 北海道マイコン研究会
  1-2 個人経営ソフトウェアハウスB.U.G.誕生
  1-3 東京での就職活動
  2章 BUG設立
  2-1 株式会社BUG設立
  2-2 主力製品
  2-3 大企業ソニー
  2-4 大日本印刷との出会い
  2-5 インドネシアと中国にて
  3章 新社屋建築
  3-1 MPS
  3-2 テクノパークに新社屋
  3-3 MPSからの産物
  4章 開発物語
  4-1 Macintoshのデベロッパーカンパニー
  4-2 B.U.G.に子会社誕生
  4-3 ハイビジョン映像機器
  4-4 データベース出版システム
  4-5 MN128開発物語
  4-6 波乗野郎開発物語

第3章 新社屋建築 
   (80年代後半〜90年代前半のB.U.G.)

3-1 MPS

 MPSとはMicroPage Systemの略である。大日本印刷と共同開発したカラー印刷の製版で用いられるレイアウトシステムで、B.U.G.の屋台骨となった製品である。

 印刷には、デザイン、製版、印刷という順序がある。デザインの段階では、デザイナーによって印刷物の設計図のようなものがレイアウトされる。それが、印刷会社に送られてきて、写真や絵などはスキャナで、文字は写植機という大きなワープロのような専用端末で取り込み、C(シアン)、M(マジェンタ)、Y(イエロー)、K(ブラック)の4色に色分解され、それぞれフィルムに焼き付けて出力される。これが製版と呼ばれる作業である。そして、その4色のフィルムから4色分の刷版を作り、4色のインクが混ざる(視覚上混ざったように見える)ことによってカラーの印刷物ができあがる。当時の製版行程では、スキャナから取り込んだ写真や絵、写植機から出力された文字をそれぞればらばらにフィルムに出力し、そのフィルムをカッターとセロテープ、マスクフィルムを使って1枚のページを作成して印刷機にかけるというように、レイアウトの部分は手作業で行われていた。このMPSでは、スキャナから取り込んだものをデジタルデータ化して、コンピュータ上で写真と文字のレイアウトや編集、修正などを行い、1枚の画像としてフィルム出力することができた。熟練者が必要とされた非常に手間のかかかる作業を電子化することによって、より早くより正確にレイアウトすることが可能となり、印刷業界の標準的なシステムともなっていった。

量産用の試作機
量産用の試作機

 1983年に大日本印刷へ納品した、カラー印刷コンピュータレイアウトシステムは、MPSの1号機ともいえるが、まだマルチバス版で試作機であった。84年に補助金をもらって阿部と木村が中心となって開発したVMEバス版パーソナルワークステーションCAST68KがMPSのもととなった。翌年にかけては、VMEバス用高速ディスクインターフェースの開発と改良を続ける。そして、1985年9月、日本最大の印刷機材展示会IGASにて、MicroPage System (MPS)という名称で発表され、デビューを果たした。これ以後、しばらくはIGASがB.U.G.内でのメインイベントとなる。さらに翌年1986年、阿部とドラゴの両者でVMEバス用Ethernetコントローラボードを開発。5月にはドイツDRUPAにも出展し、若生はドイツへ飛び1ヵ月ほど現地で営業を続けた。原と天間、アレックスも設置、メンテナンスのためドイツへと飛んだ。

 MPSの改良はさらに進み、各メーカーのスキャナに対応したインターフェースの開発、グラデーション効果をつける機能、写真の加工(特殊効果を出す)や特殊処理(ゴミを消す、空に写った電線を消すなど)をする機能、写真と文字、イラストを合成する機能など、次々と追加されていった。具体的には、VMEバス用フルカラーグラフィックディスプレイボード、VMEバス用インテリジェントSCSIインターフェースボード、VMEバス用インテリジェントシリアルインターフェースボード、VMEバス用インテリジェントEthernetインターフェースボード、高精度図形入力ステーションなどが次々と開発されていった。これらの集大成として、1987年9月、「MICROPAGE SYSTEM markII」をIGASにて発表し、88年から販売を開始した。さらに88年にはVMEボード単体でも販売を始めた。その後、VMEバス用デジタル・シグナル・プロセッサーボード、VMEバス用68030CPUボードの開発と続いて、1989年のIGASでは、集中処理型の廉価版カラーコンピュータレイアウトシステム「APPROACH」を発表した。

MICROPAGE SYSTEM markIII
MICROPAGE SYSTEM markIII

 このように続いたMPSの開発の中で1991年、大きな変化があった。編みふせワークステーションMPCATSでは、MPS開発史上初めてMacintoshが使用された。Macintoshは、もともとGUIに優れており、画面上で写真と文字のレイアウトや編集、修正などを行うのに好都合であった。これまでOSにIdris(UNIX)を使っていたものが、Macintoshに詳しい白根を中心としてMacintoshへと移行するようになっていった。そして同年「MICROPAGE SYSTEM markIII」が開発・販売され、Macintoshをフロントエンドとするようになった。MPSIIIでは、「オープン化」もキーワードとなっていた。通常、専用の製版システムを使用するとそのシステム独自の画像フォーマットが決まっており、他のシステムとの互換性はほとんどなく、それぞれが閉ざされたシステムとなっていた。ところが、このMPSIIIのオープン化では、さまざまなデータとの互換性を持たせることを可能にしたのである。例えば、PhotoshopのデータをMPSで読みとることもでき、またその逆にMPSのデータをPhotoshop形式にして出力することも可能となった。こうしてMPSは、さまざまなDTPやデザインシステムのデータの受け渡しができるようになったのである。

  1985年には、MPSのメンテナンス用に東京に営業事務所も設立し、この年から社員数も徐々に増え始め、様々な行事や研修制度も整えられ、少し会社らしくなっていった。そして、当初の画像レイアウト専用機からハードウェアとソフトウェアの両面にわたる様々な機能拡張を経るうちに、MPSを通して、B.U.G.には、印刷・出版という領域のノウハウと技術が蓄積されていった。コンピュータの最新技術を次々とシステムに取り入れていく中、そこで培われた技術は、やがて別の分野でも画期的な製品を生み出す土壌となっていくのである。


次回は、「3-2 テクノパークに新社屋」です。創立10年目にしていよいよ自社屋建築開始!

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Update.1999.12.29

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