BUG新卒採用ページ
20年史
  1章 BUG草創期
  1-1 北海道マイコン研究会
  1-2 個人経営ソフトウェアハウスB.U.G.誕生
  1-3 東京での就職活動
  2章 BUG設立
  2-1 株式会社BUG設立
  2-2 主力製品
  2-3 大企業ソニー
  2-4 大日本印刷との出会い
  2-5 インドネシアと中国にて
  3章 新社屋建築
  3-1 MPS
  3-2 テクノパークに新社屋
  3-3 MPSからの産物
  4章 開発物語
  4-1 Macintoshのデベロッパーカンパニー
  4-2 B.U.G.に子会社誕生
  4-3 ハイビジョン映像機器
  4-4 データベース出版システム
  4-5 MN128開発物語
  4-6 波乗野郎開発物語

4-3 ハイビジョンビデオカード

 SPEREALで、Macintoshを採用するにあたり、高価なビデオカードも自社内で開発することになった。若生の「新ちゃん、これ作れる?」から始まったプロジェクトである。
 1990年に始まったMacintosh用のビデオカードは、新林を中心にその後も独自に開発が進められた。同年、単体でPicklesシリーズとして、SPEREALに採用された24bitフルカラーの「Pickles 24」、ライト版の8bitビデオカード「Pickles8」さらには、24bitのアクセラレータ付きフルカラーの「Pickles 24A」と続いた。Picklesシリーズは、ビデオカード単品ではなく、ほとんどが、日立や三菱、SONYなどからOEM調達してモニターとセットにして販売された。カード単体では、50〜60万円、セットで120万円ほどであった。

Picklesシリーズの広告
Picklesシリーズの広告

 当時、Macintosh用ビデオカードの市場は、スーパーマックテクノロジー(米)、ラディウス(米)、ラスタオプス(米)の3強で占められていた。日本市場にも、スーパマックテクノロジーとラスタオプスが参入し、さらにラディウスも参入、ここにB.U.G.も入り込んだ形となっていた。B.U.G.は、これらアメリカからの輸入製品に対して、日本謹製であることを強調し、「Made in Japan」という広告をうって対抗する。マニュアルもユーザサポートも日本語であることを強調し、さらに日本の電子機器は、外国製よりも優秀であるという国民の認識を狙って出したものであった。その後、今度は日本の他メーカーも参入するようになり、競争は激化した。
 1993年、日本市場での競争相手ともなっていたスーパーマックテクノロジーとB.U.G.はMACWORLD Expo/Tokyoにて業務提携を発表する。具体的な内容は、Macintosh AVシリーズのためのJPEG圧縮伸長ボードを共同開発するというものであった。スーパマックテクノロジーは、「ビデオスピゴット」というQuickTimeのムービーがとれる600ドル前後の安価なキャプチャボードと、「デジタルフィルム」という6000ドル近くの高価なJPEGの録画再生が可能なデジタルビデオカードを販売していた。「ビデオスピゴット」の持つキャプチャボードの機能は、Macintosh AVシリーズでは搭載されるようになったため、ハードウェアのJPEG圧縮伸長ボードをAVシリーズ用に開発し、日米両国で販売したいということでB.U.G.との共同開発が持ち上がった。1994年、安田、林を中心にデジタルビデオアクセラレータ「DeskStudio」が開発された。まず、日本で先に販売され、その後、米国でも販売された。

 1994年、アップルは、Power Macintoshを発表した。初代はNuBusであったのが、2世代目のPower Macintoshからは、PCと互換性のあるPCIバスに突如変更され、これまで別売であったビデオカードもMacintoshに内蔵されるようになっていった。Macintoshのビデオカードベンダーは、NuBusからPCIバスに仕様を変更して対応せざるを得なかった。B.U.G.も1995年にPCIバスを搭載した「XA-Pro/PCI」を開発するが、元々PCIバスを扱っていたPCベンダーの価格には、Macintoshだけの取扱量では追い付けず、また、アップルもPCベンダーのビデオカードを採用するようになり、Macのビデオカードベンダーは合併を繰り返し、徐々に衰退していく。

HVD04/HVA01
Windows PC, Power Macintosh対応
高機能フレームメモリ
HVD04/HVA01

 しかし、B.U.G.には、Power Macintosh発表前の1992年に、ハイビジョンの画像を扱うことができないか、という商談が入っていた。高解像度スチルカメラ(今でいうデジカメ)の画像を表示するのに、ハイビジョン用のモニタを使いたいとのことであった。Picklesシリーズで採用していたモニタとハイビジョン用モニタでは、取り扱うデータ量が数倍違うだけなので、単純に考えてメモリを増やせばハイビジョンの画像を扱うこともできそうだということで開発が始まった。しかし、実際には、クロックが上がり、アクセススピードも上がるため、簡単にできるものでもなかった。ハイビジョン用のモニタの用途としては、当時では放送用というよりも、クウォンテル社や島精機などが開発していた印刷会社などで使うフォトレタッチペイントシステムのモニタとして使われていた。UNIXのワークステーションなどを使ったシステム全体で数千万円もする高価なものであったが、Macintoshとハイビジョン用ビデオカードとAdobe Photoshopがあれば、500万円前後でほぼ同等のことが実現できたため、そのニッチな市場へのニーズも考えられた。OEMのほか、自社ブランドとして1992年にMacintosh用ハイビジョン対応24bitビデオカード「Pickles HV」が開発・販売される。ここから徐々にB.U.G.ではビデオカードの開発は、ハイビジョン用に特化していくようになっていった。
 元々ハイビジョン用の機材を開発しているベンダーももちろんハイビジョン用ビデオカードを開発していたが、UNIXのワークステーション用であり、パソコン用のものはなかった。また、PCで対応してもMacintoshのAdobe Premiereのような優れた編集ソフトがなかったためか、PCのビデオカードベンダーからの参入もなかった。スーパーマックテクノロジー社もハイビジョンへの参入を図ったが、ラディウスとの合併などでハイビジョンのビジネスは収束されてしまった。
 JPEG圧縮伸長カードである「DeskStudioシリーズ」の方は、Macintoshの規格に合わせるようにバージョンアップが繰り返され、1995年にはMacintosh AVシリーズ用にNTSCの出力がついた「DeskStudio Pro」、Macintosh 630シリーズ用の「DeskStudio LC-Pro」、さらには1996年にPCI Power Macintosh用の「DeskStudio-DR」、放送用の信号に合わせた画像入出力ボード「DeskStudio-UV422」と続いていく。

 ハイビジョンという高い技術力が必要であり、かつニッチな市場であるため、世界でパソコン用のハイビジョンビデオカードを開発しているのは、B.U.G.だけとなった。現在は、アナログだけでなくデジタル環境にも対応し、専用のJPEG圧縮伸長ボード「JPX/PCI」と、大容量デジタルフレームメモリ「DFM1000」などの組み合わせによって、超高速の静止画システムや、ハイビジョン動画の記録・編集・再生がパソコンを使って簡単に構築することができるようになった。また標準規格となったHDTVにも対応している。
 主にハイビジョン放送を制作しているTVプロダクションや、美術館で美術品をハイビジョンで流すなどの用途に使用されている。

 


次回は、4-4 データベース出版システム です。新聞ができるまで。


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Update.2000.06.30
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