| ■ひまわり気象画像処理装置のその後
いじらないと約束したにもかかわらずエンジニア魂がそれを許さなかった若生は、みなからは責められることとなってしまったが、その後、ひまわり気象画像処理装置の方はというと、回路変更をして静止するようになった。しかし、NHKから山のような仕様追加が来て若生は体をこわし、さらに1年間続いた大日本印刷のシステム開発で納品とともについに入院してしまう。ところが、入院部屋にも電話がついており、大日本印刷の担当課長からの電話がやむことはなかった。
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■血だらけの箱
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| ベースとなったStaff68Kシステム |
このシステムのスキャナとフィルム出力のインタフェイスはほとんど手配線で、とてもメンテナンスのしにくい機械だった。中を開けると小さな基板が20枚ほど差し込まれていて、細いケーブルが複雑に入り組んでいる。例えば、修理のために1枚基板を抜いたりすると、再び入れるのに、あちこちに指先をひっかけて箱の中が血だらけになってしまい、1時間はかかってしまうというものだった。こんなものを作ってしまった似鳥は、2度と同じ依頼が来ないことを願っていたのであったが、祈りは通じなかった。手配線で同じものを2つ作るほど辛いものはなく、2度目の依頼が来たときには、量産向けに作り直すことにした。
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■ブルネイへのお土産
パナサテック社は、ブルネイにマイコンビジネスの商談をもちかけたことがあり、そのデモンストレーションにB.U.G.も行くことになった。そこで、商談を成功させるためにも、ブルネイに行く際のお土産に悩んだ。何が喜ばれるだろうと散々考えた上、お金持ちの国なので普通に買えるものは何でも手に入るだろうから、なかなか手に入らないものがいいだろうと、当時の名作として今も語りつがれるアダルトビデオを3本立てで持って行くことになったのである。当時は今あるようなアダルトビデオの通販はなく、電話をしてどこかで待ち合わせをし、手渡しされるという仕組で販売されていた。
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■恐怖のタンタルコンデンサの逆挿し
これはタンタルコンデンサの逆挿しと呼ばれ、似鳥にとっては3度目の経験であった。一度目は大学院の時に、B.U.G.から納品された基板から火が吹き、すべての基板を巻き添えにした。二度目は元木が採用試験後、社内を見学しているときに、B.U.G.製品の1つとして紹介されたSMC-70用ペリフェラルの基板を手に取ったときに突如火を吹き、仰天したというもの(入社したのだが)。どちらも、ものすごい黒煙が吹き出して配線をショートさせ、かなりの個数のICが犠牲になっている。この経験から今回もタンタルコンデンサの逆挿しであること、そして、他の基板にも相当な被害がおよぶことを直感した。何せここは中国、直すまでは日本に帰れないと思い、目の前が真っ暗になった。
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■中国にて
1985年、当時の中国で彼らが見たものとは?
花形職業スチュワーデス
当時、飛行機は指定席ではなく、早いもの勝ちであった。出発前、乗客は搭乗ゲート前に押し寄せ、開くと同時にダッシュして窓側の席など好きな席を取るのであった。そして当時の中国のスチュワーデスはまさに花形職業であった。ファッションモデルのような出で立ちでポーズを決め、まずは、エアコンのない蒸し暑い機内に扇子を配った。続いて、軽食、お土産を配り、到着アナウンス後には乗客から拍手喝采をあびるのであった。
北京の地下鉄
北京ではできたばかりの地下鉄が走っており、ホームではみなが地下鉄の来る方向を覗き込んでいた。そして、地下鉄が到着すると、まるでアメフトの試合のように乗る人と降りる人がぶつかり合い、力で勝った人がその駅で乗り降りできるのであった。
暴走自転車
交差点には信号のないところもあった。交差点を横切るのはこれまた早いもの勝ちで、歩行者であろうと自転車であろうと自動車であろうとあまり関係がない。時速60Kmの自動車の前を、一瞬の隙を見て渡る自転車を何度も目撃した。
大衆食堂
地元の人が行くような食堂に行ってみようと、ガイドブックには有名であると書かれていた食堂に行ってみた。ところが、電球が半分ぐらいしかついていない店で、本当にここかと怪しみながら入ってみると妙に足元がぬかるんでいる。中国では食べ殻などを床に捨てる習慣があったようで、薄暗い中、足元に見たものは、床一面の油まみれの食べ殻であった。しかし、そこの中華料理は信じられない程安く、しかもなかなかおいしかった。
北京のスコール
北京では、真夏のこの時期、毎晩決まった時間にものすごいスコールが20〜30分続いた。スコールの後は決まって足首までつかるような川となった。しかし、その川のおかげで、道路の食べ殻やゴミ、タンなどはすべて流れ、町の浄化に一役買っていたようだ。
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■アレックスとB.U.G. All Stars

B.U.G. All Starsジャケット写真 |
アレックスは、バイエルン州から来た留学生で北大の低温研究所に在籍していた。B.U.G.でアルバイトをして、卒業後、そのまま入社した。このホビー用ソフトのパッケージ詰めをしていたところ、フロッピーが1枚余り、社員総出でもう一度開けてパッケージし直すという大変なエピソードもあった。
アレックスは、日本語もなかなか達者で「遅まきながら春巻食べます」などの小ジャレも習得していたようである。アレックスがドイツへ戻る際に、記念として、当時のB.U.G.社員でレコードアルバムを作成した。これが、有名なB.U.G.
All Starsである。曲目は以下のとおり。
- WHY DO FOOLS FALLING LOVE?
- Lead Vocal:T.sato
- High: M.Motoki, M.Takahashi, M.Tenma, F.Kimura, M.Hattori,
A.Matsui, M.Nishino, A.Maeda, Y.Nitadori
- Low: U.Hara, H.Matsui, T.Hashimoto, Y.Abe, Alexander Burger
- Bass: T.Murata, M.Kurata, Y.Yazumi, S.Miura
- Hand Clapping: BUG HAND CLAPPING CLUB
- CALIFORNIA DREAMING
- Vocal: Alexander Burger
- Back Chorus: M.Saito, H.Takasugi, T.Sato, M.Kawakami
- Guitars: M.Kimura, H.Hattori
- Bass Guitar: M.Kawakami
- Trombone: S.Miura
- Keyboards: S.Minobe
- Drums: K.Yuge
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