BUG新卒採用ページ
20年史
  1章 BUG草創期
  1-1 北海道マイコン研究会
  1-2 個人経営ソフトウェアハウスB.U.G.誕生
  1-3 東京での就職活動
  2章 BUG設立
  2-1 株式会社BUG設立
  2-2 主力製品
  2-3 大企業ソニー
  2-4 大日本印刷との出会い
  2-5 インドネシアと中国にて
  3章 新社屋建築
  3-1 MPS
  3-2 テクノパークに新社屋
  3-3 MPSからの産物
  4章 開発物語
  4-1 Macintoshのデベロッパーカンパニー
  4-2 B.U.G.に子会社誕生
  4-3 ハイビジョン映像機器
  4-4 データベース出版システム
  4-5 MN128開発物語
  4-6 波乗野郎開発物語
社史〜ビー・ユー・ジー 20年の軌跡

目 次

1章 BUG草創期 1976年〜78年
1-1 北海道マイコン研究会
1-2 個人経営ソフトウェアハウスB.U.G.誕生
 〜1977年10月 大学3年目の秋
1-3 東京での就職活動
2章 株式会社ビー・ユー・ジー設立 80年代前半
2-1 株式会社ビー・ユー・ジー設立
 〜1980年10月 修士2年目の秋
2-2 主力製品
2-3 大企業ソニー
 〜1982年 SMC-70用各種周辺機器製造・販売
2-4 大日本印刷との出会い
2-5 インドネシアと中国にて
3章 新社屋建築 80年代後半〜90年代前半
3-1 MPS
3-2 テクノパークに新社屋
3-3 MPSからの産物
4章 開発物語 90年代後半
4-1 Macintoshのデベロッパーカンパニー
4-2 B.U.G.に子会社誕生
4-3 ハイビジョンビデオカード
4-4 データベース出版システム
4-5 MN128開発物語
4-6 波乗野郎開発物語


4-6 波乗野郎開発物語

 Windows95が発売され、最初のインターネットブームが起こっていた1995年ごろから、服部のところに、インターネットについて話をして欲しいという依頼が増えていた。講演などでパソコンの画面を映し出してプレゼンテーションをする際に、当時は携帯電話でインターネットに接続するということができなかったので、服部は、エンジニアに「webページが持ち歩けるツールがあったらいいな〜」と常々言っていた。最初はみな忙しいと言って取り合ってくれなかったのだが、それを聞き付けた倉田が、「1週間ぐらいでできますよ」と言って、Mac, Windows, Unix上で動くプロトタイプを作ってしまった。このプログラムは、社内サーバ上に公開され、エンジニアの中で話題になっていった。これを見た植田は、何だか面白そうなものができるかもしれないと興味を持ち、抱えていた仕事の傍ら、このソフトの開発も手がけ始めた。

ノリくんとワルくん
塩野作。波乗野郎のキャラクター
ノリくん」と「ワルくん」

  のちに「波乗野郎」と命名されるこのソフトは、インターネット用自動巡回ソフトと呼ばれるもので、指定されたURLを自動的に巡回して、自分のパソコンのハードディスクにダウンロードして蓄積するものである。ユーザは、電話回線につながなくても、パソコンのハードディスクに入ったコピーをインターネット上のホームページを見るのと同じように見ることができる。

 社内で有志が流動的に集まり、植田が中心となって自ら抱える仕事の他にこのプロジェクトが副業的に進められた。専用線だけに対応していたものをダイヤルアップ回線で接続できるものにしたり、必要なファイルだけ取得するようにしたり、より使いやすい仕様へと機能の追加、改良が行われるうちに、これは商品化していこう、ということになった。

波乗りレポート
波乗成功のダイアログ

 アメリカには、そういったOff-line Browserと言われる種類のソフトウェアがすでにあり、NIFTY-serveなどのパソコン通信でも似たようなソフトウェアがあったが、インターネットの自動巡回ソフトは日本にはまだ登場していなかった。
 1995年ごろのインターネット環境と言えば、ISDNがようやく個人向けに手に届くようになったころで、多くのユーザは、アナログ電話回線を使い、電話代も高いためテレホーダイ時間(23:00-8:00)に、眠い目をこすりながらネットサーフィンしている状況であった。回線が遅い上、テレホーダイ時間にアクセスが集中するため、ホームページの1画面を読み込むのに時間がかかっていた。
 そういったユーザの状況を最大限に考慮するために、実際に、機材一式、家に持ち込んで試しながら開発を進めていった。巡回時間タイマーをつける、回線を自動的に切断する、2回目以降巡回するときは、内容が変わっているデータだけ取り込む、など、ユーザの視点で様々な機能が追加されていく。さらに、正式にリリースする前のβバージョンからユーザに公開し、具体的な機能のアイディアなどをもらうことによって、またそれを修正するという開発を異例の速さで繰り返し、リリース前から話題になっていった。そうして1996年、波乗野郎は誕生した。波乗野郎を使って、テレホーダイ時間に巡回させておくことで、好きな時間に電話代を気にせずゆっくりとホームページを見ることができるようになった。

ラーメン野郎

 さて、販売するにあたって、商品名をつけなくてはならない。最初は「Auto Surfer」にしようとしたが、「Sufer」の部分が商標に掛かる。植田は、考えられる限りの商品名を提案したのだが、商標に引っ掛かるものばかりで、知的財産管理を担当の臼井に尽く蹴られてしまった。いっそ方針を変えて日本語にしようと、「波乗五郎」、「流石波乗」、「波乗犬」、「巡回波乗」など思案していたころ、会社の近くを車で走っていると、ふと見かけたラーメン屋に「ラーメン野郎」と書かれていた。植田は、「ふ〜ん、ラーメン野郎か。・・・くそ〜、波乗野郎にしてやる。これなら商標も取れるだろう」と思いついた。そして、そのまま他のエンジニアにも提案したところ、気に入られ、商標ももちろん取れるということで、そのまま「波乗野郎」となったのである。正式名称は、「PerMan Surfer 波乗野郎」である。

 そして、販売方法もどうしようかということになった。パッケージを作って店頭販売するには、コストがかかるため、高くついてしまう。在庫にもなる。どれだけニーズがあるのかも分からない。どうせインターネットを使っているユーザがターゲットになるのだからと、B.U.G.のホームページからダウンロードしてもらう販売方法をとった。今では当たり前になっているが、お試し版として機能が限定された波乗野郎をダウンロードして使ってもらい、継続して使いたい場合は、ライセンス番号を購入する。ライセンス番号を入力すると、機能制限が外れ、すべての機能が使えるようになるという方法である。マニュアルもホームページに掲載し、サポートも電子メールで行うなど、すべてインターネット上で完結できるようにした。  
 当時としてはこれらの方法は画期的であり、ほとんどコストもかからずに、口込みのようにネットワーク上で広まっていった。波乗野郎は、日本初のインターネット用自動巡回ソフトであり、製品の優秀さもさることながら、この販売方法も注目され、1996年 日経優秀製品・サービス賞優秀賞を受賞した。このときの最優秀賞には、Netscape Navigator、リブレット20、JAVAなどが選ばれている。

 波乗野郎は、発売後もバージョンアップを続け、次々にユーザの声を取り入れて改良を重ねた。さらに、その機能を応用して、NTTと共同で、サーバ版の「波乗野郎Enterprise」を開発するなどの展開も見せた。
 そして、2001年9月1日、波乗野郎は、黎明期のインターネット環境における役目を全うし、フリーウェアとして公開されるにいたった。



  ---- B.U.G.の歴史はまだまだ続く!

 ソニーのSMC-70用BASICインタプリタを開発していたころ、世界標準になりうる力を備えていた。自動巡回ソフト分野でも先駆け的存在である。ISDN TAでは日本におけるISDN普及の起爆剤になった。ダイヤルアップルータ市場でもほぼ標準となり、後から大手メーカーがB.U.G.の開発したものを基準として同じような製品を送り込んできた。新聞システムの開発でも、オープンな提案が大手メーカーをしりぞけた。世界でも数少ないハイビジョンビデオカードの開発も手掛ける。  
 社員数120名ほどの札幌のシステムハウスB.U.G.。これからも、エンジニアの知恵と想像力、そして体力、忍耐?!をフル稼動させて、次代の開発を続けていく。



お・し・ま・い

長期間に渡って、ご愛読いただき誠にありがとうございました。



Update.2002.08.28
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